1996年(高2休学・17歳) エヴァンゲリオンと俺 vol.2

3月2日、『セガサターンソフトエヴァ』を4軒目「マルエツの玩具売場」で手に入れてしまう。ゆるーい内容でがっかり。

3月6日、綾波レイが爆死。もう限界だ。どこまで重苦しくなるんだっつうの(実はそれが快感)。加持さんが死んだショックが癒えていないというのに…。加持さん、加持さん、助けてよ加持さん。本当は生きてるんでしょ?

この苦しみを《生田さん》にも分けてあげることにした。


生田さんは、高校時代の俺を語る上で欠かせない人間。

「今が楽しければいいじゃん」

先のことなど何も考えずゲームと破壊活動に明け暮れていた俺は、定時制高校に入学。初年度は、仕事が終わったあと学校に行かず遊び回っていたので、早々と留年が決定。2回目の1年に生田さんと同じクラスになる。

第一印象は、「格好良い」。今でも生田さんより格好良い人と知り合ったことがない。歳は1個上。BUCK-TICKの話で意気投合、エヴァ放送時に働いていた職場は、生田さんの紹介だった。


3月13日、第弐拾四話「最後のシ者」放送日。休学(TZR250RSPの尋常じゃない加速に取り憑かれ学校に行かず走り回っていたので、7月初頭に留年決定)&勤務地が変わったことにより会う機会が減っていた、生田さん(体育の出席日数が足りなくなり1月に留年決定。おめでとう!)が手伝いに来たので、エヴァを勧める。

「異常なテンションなんですよ。とりあえず見てください」

※手伝いに来たので…(その後ずっと同じ職場だったな。移動だっけ?っつうか放送日に移動してくるなんて都合良すぎだろう。ゼーレが送り込んできたのか?)


3月14日、「見たよ、クラシックなんか使っちゃって凄いね」。生田さんの反応は上々だった。

3月15日、生田さんにビデオを貸す。



つづく